時枝正博士 (Dr. Tadashi Tokieda)のおもちゃと応用数学

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先日、同僚から「昨日面白い日本人に会った。彼みたいなのを天才と言うんだろうな。」と声をかけられました。よくよく聞いてみると、彼が会った日本人というのは、時枝正博士のことでした。

今回の記事では、時枝先生とは何者なのか、そして彼がハーバード大学で行ったユニークな講演について紹介します。

ちなみに、僕自身は時枝先生とは何の面識もなく、ただの一人のファンです。

おもちゃと応用数学

時枝先生は、現在ケンブリッジ大学で数学主任をされている応用数学の研究者です。数学・科学系の雑誌などにエッセイを書かれていたりするので、名前を聞いたことがある人も多いかもしれません(そもそも先生の名前を知らなきゃ、検索でこの記事にたどり着かないとは思いますが……)。

もともと絵を学ぶために15歳(!)でフランスに渡ったものの、興味の対象が言語に変わり、ラテン語で学位をとった後、数学に転向したという非常に変わった経歴をもっています。

英語に加えて、フランス語やロシア語、もちろんラテン語も使えるというのもすごいんですが、それ以上に僕が時枝先生に惹かれているのは、先生は身の回りのちょっとした小物やこまのような子供向けのおもちゃを数学的なモデルと結びつけようとしているところです。

そんな時枝先生がハーバード大で行った講演の動画を紹介します。タイトルは、"Toys in Applied Mathematics"で、文字通りおもちゃと応用数学に関わりについて紹介されています。

専門的な知識を必要としない一般向けの講演で、シンプルなおもちゃや身のまわりの品を使った実験をベースに話が進んでいきます。

実験の後には、実験で観察された現象とその現象に関わる概念が解説されていきます。

テーブルマジックを種明かしつきで見ているような感じですが、気がつけば安定・不安定(stability and instablility)、相転移 (phase transition)、特異点 (singularity)といった概念のイメージがつかめるようになっていて、その内容、プレゼンテーションの方法ともに、最高の講演です

Tadashi Tokieda, Toys in Applied Mathematics, Radcliffe Institute

各パートの簡単な紹介

この動画は全編英語なんですが、英語が苦手という人に向けて、実験部分を中心に内容を簡単に紹介します。これを一読した後に動画を見てもらえれば、先生の話がより理解しやすくなると思います。

写真はいずれも講演会がおさめられたYouTubeの動画からのキャプチャしたものです。

1. 回転する円柱

回転する円柱

回転する円柱

何の変哲もない白い円柱の両端に、黒とオレンジのマークがつけられています。これを指で弾いて回転させると、二つの不思議な現象が観察されます。

一つ目の不思議は、ある時は黒が、ある時はオレンジがはっきり見えること、そして二つ目の不思議は、黒にしろ、オレンジにしろ、回転中に見えるマークの位置が4箇所だということです。

その秘密は、複雑な回転が組み合わさったこの円柱のスピードと、サイクロイド図形にあります。

2. すべり台とエスプレッソカップ

すべり台を転がるエスプレッソカップ

すべり台を転がるエスプレッソカップ

エスプレッソカップをつなぎあわせて作った2種類のコマをゆるやかな傾斜を持つすべり台の上から滑らせます。

一見不安定に見える中央が膨らんだ形のものがきちんとすべり台を降りてくるのに対し、安定していそうな中央がへこんだ形のものは、左右のどちらかに逸れていってしまいます。

3. スープカップの中のボール

これは本当にびっくりしました。

スープカップの中に三つのボールを入れて、カップをゆっくりとまわすように動かすと、中のボールもカップと同じ向きに回転します。一方、ここにボールを七つ入れて同じようにカップを回すと、今度はボールが逆向きに動くようになります。

ボールの数が少ない時は、カップの壁からの力でカップと同じ方向に動くのに対し、ボールが多いと、カップからの衝突の影響は他のボールとの衝突で緩和され、むしろ隣のボールの回転の影響を受けるようになるわけです。

スープカップの中のボール

スープカップの中のボール

4. 七角形の車輪

二つの七角形の車輪ですが、一つはスムースに机の上を転がるのに対し、もう一方は全然転がりません。重さも全く同じ二つの車輪の違いはどこにあるのでしょうか。

この実験では、ほんの僅かな違いが物の挙動に大きな影響をおよぼすことがわかります。

不思議な車輪

不思議な車輪

5. 五角形の作り方

正五角形を作るのは一見難しいのですが、一本の紙の短冊で結び目をつくって、それを平らにするだけで、あっという間に美しい正五角形ができてしまいます。結び目の数を二つ、三つと増やしていくと、正七角形、正九角形ができ、結びを作らない(0個の結び目を作る)と正三角形ができます。

正直なところ、この実験の意図がちょっと分かりませんでした。この実験の前にあった粘度を下げた際に流体はどうなるかという話の続きで、「あるパラメータを0に近づけていったらどうなるのか?」という文脈での話かもしれません。

五角形の作り方

五角形の作り方

6. コインの音

最後の実験は、ぐるぐると回転するコインの音です。コインが回りながらだんだん寝てくるさいに、その音がどんどん高くなっていき、机の上で止まるときには、さらに一気に高い音がでます。

この実験は、有限時間における特異点の例として紹介されています。

コインとシンギュラリティ

コインとシンギュラリティ

動画はこちら

さて、実験場面の解説は以上です。それでは、講義の動画を御覧ください。

マイケル・ファラデー+寺田寅彦

初めてこの動画を見たときは、こんな身の回りのものにも色んな科学、数学が潜んでいることにとても感動しました。

イギリスでは古くから、一流の科学者が、一般人向けにわかりやすく科学を解説するという文化があります。ファラデーの『ろうそくの科学』もその文脈に位置づけられています。

また、日本では寺田寅彦が茶碗一杯のお湯を題材に、そこにある科学を随筆の形で紹介しています。

ろうそくも、茶碗の湯も、そしておもちゃも、極めて日常的なものです。

時枝先生が最後にお話されているように、科学は大学の偉い先生たちだけのものではなく、いつでも僕達の周りに存在しているというわけです。

そういった身の回りのものを見た時に、そこにどれだけ感動してどれだけ好奇心を持てるかが、一流の科学者を一流たらしめているのかもしれません。

それにしてもすごい人っているものです。